ナフサが足りないとか色々騒がれているけれど、結局、米騒動と同じく目詰まりの問題なんでしょうか。
ものごころついた頃から、石油はもうすぐ無くなる、石油に依存していてはダメだ、という言説はよく耳にしていた気がするのですが、とはいえ、なかなか無くならないし、現代の農業も漁業も石油なしでは全く立ち行かない仕組みになってしまっているのは明らかです。かつてストロマトライトや藍藻(シアノバクテリア)の祖先たちが二酸化炭素から炭素を固着して、地球の大気を酸素まみれにしてしまったように、人類は逆に、大地に固着した炭素を大気中に返して復元するというミッションを帯びて誕生したのかもしれません。
石油(由来の製品)は貴重でもあり、また(捨てられると)環境を破壊する、と教えられて育った身としては、マクドナルドのプラスチックのオモチャのような使い捨て感のあるものを手に入れるのにちょっと罪悪感があるんですが、子どもたちは毎回真剣に欲しがるし、目を輝かせて箱を開けて一生懸命遊ぶし…あながち悪いものでもないのか…と認識を改めています。元々は、燃料(ガソリン、灯油、重油)を取り出した残りをどう活用するか?というところから始まっていそうですしね。
ポテトチップスの包装が白黒になる、と話題になってましたが、いざ足りなくなったら、こういうところから削って、昔ながらの木や紙のおもちゃで遊べばいい訳で、まだ融通できる余地は色々ありそうです。
話は変わって、今日は久しぶりに虫歯の治療に行ってきました。神経を取るべきかどうかのギリギリのところらしく、いよいよ入れ歯(インプラント?)一歩手前…歳をとったなと、再認識。型を取るときに粘土みたいなのを押し当てるのもやったのですが、その後、3Dスキャナのようなものが出てきて、その場で精巧な歯形の3Dモデルを作り上げていました。なんだかんだと技術は進歩して生きやすい世の中になっていることには感謝しきれません。