SNS投稿用のメタタグ設定がJekyllのminimaテーマでどうもうまく反映されず、なんとなく投稿の意欲を失ってましたが、そんなことじゃいかんと久しぶりに思い立って、デスクトップに散らかったメモを集めてこれを書いてます。

日記どころかコードを書く時間もなかなか取れないほど、日々忙しく動いています。ほとんどの時間は、誰かと何かを話しているばかりなのですが、それでも何とか生きていけてるのは(偉そうな言い方にはなってしまいますが)過去の蓄積があるからこそかもしれません。逆に、技術的な進歩のない(=勉強する時間のとれない)状態が長く続くのは貯金を削っているにも等しい状況なので、なんとか挽回したいなという焦りもあります。

過去の自分のコードや講義・プレゼンの資料を見て恥ずかしくなる状況というのは、少なくとも、その拙さを理解できるだけの成長をしたという証です。逆に、過去の実績を自慢するしか出来ない状況というのは、ピークを過ぎた下り坂に居ます。「人はいつか死ぬ」っていうのと同じくらい自明のことで、別に悪いことでもなんでもない当たり前の事実なんですが、なんだか忘れがちになりますよね。

たまに書くと長文になるな…。

先日、とある会議の最中に、森博嗣の小説の会話を思い出しました。

「一番下品な格言って知ってる?」 「働かざるもの食うべからず、ですね?」 「そうだ。いやらしい、卑屈な言葉だよね・・・・・。 僕の一番嫌いな言葉だ。もともとは、もっと高尚な意味だったんだよ」 「え?どんな?」 「一日作さざれば、一日食らわず」 「それ、同じじゃありませんか?」 「違うね。これも集合論だ。ド・モルガンの法則かな」

日本語だと違いが分かりにくく、自分自身20代の頃にこれを読んだ時は意味が分からなかったように記憶しています。意図としては、前者は、”Unless you work, do not eat”、後者は、”Unless I work, I won’t eat”となるのかな、と今は解釈しています。同じことを言っているようで前者は「命令」、後者は「意思」です。

“誰もが自由に働ける”社会よりも、”誰もが働かなければならない”社会を作ろうとする人たちがいます。大量生産大量消費を脱却し、持続性のある社会を目指さねばならない時なのに、競争原理で人を動かして駆り立てようとする人たちがいます。もちろんそれぞれの組織の正義があるのでしょうが、なんだか違和感を感じた会議でした。

別のカンファレンスでパネリストの一人が呟いた「なんで失敗してはいけない社会になってしまったのかな…」という言葉も印象に残っています。日本はまだまだ構造的に改善の余地が沢山あります。もっと豊かになれるポテンシャルはあるはず。

エンジニアの美徳の一つ「怠惰=やらなくてもいいことはやらない」。これが意外とこの国を救ったりするんじゃないかな?とか最近は妄想したりしてます。